尾瀬保護財団

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秘話 その10 「尾瀬に魅せられて」

牛首分岐、竜宮十字路から歩き、風情醸し出すヨッピ吊橋を渡ると、そこはヨシッ堀田代。ヨシッ堀田代には、高台があり、そこから眺めることができる雄大な至仏山は多くの人々を魅了してきました。そんなヨシッ堀田代にある東電小屋で支配人をしている鏑木文明さんにお話を伺いしました。

鏑木 文明

東電小屋
鏑木 文明
Fumiaki Kaburagi

尾瀬が本当に好きだったから

「小学生の頃からアヤメ平をはじめ、尾瀬をよく訪れていました。尾瀬にはたんくさんの思い出があり、尾瀬のことが本当に好きだったからこそ、尾瀬で働こうと思ったのです」
と、鏑木さんは東電小屋の食堂の窓から見える、黄金色に輝くヨシッ堀田代の草紅葉を遠目に眺めながら、話をはじめてくれました。
「私は、尾瀬林業観光株式会社(現:尾瀬林業株式会社)の社員として、昭和46年に大清水休憩所に勤務したのが尾瀬での仕事の始まりです。19歳の時でした。当時は、大清水登山口は多くのハイカーで賑わっていて、仕事はとても忙しく、今とは違い住み込みで働いていました。尾瀬号の到着する土日曜日は寝ないで働いていたこともありましたね」
と、当時の様子を思い出しながら、話を続けてくれました。
「大清水休憩所の3年間の勤務を経て、昭和49年から尾瀬沼山荘で山小屋での仕事が始まりました。大清水休憩所の勤務がとても忙しかったので、山小屋の仕事だから大変ということはありませんでした。夏になると、コマクサが見たくて、燧ヶ岳に一週間連続でチャレンジするなどして、楽しい時間も多かったです」

東電小屋での思い出
ヨシッ堀田代と東電小屋ヨシッ堀田代と東電小屋

今シーズンから、三度目の東電小屋の支配人をされている鏑木さんに、東電小屋での思い出を伺いしました。
「東電小屋での思い出は、何と言っても、昭和50年代に初めて東電小屋の支配人になった頃、お客さんが非常に多かったということです。一日400名以上の宿泊者がいましたので、食事の時間は大変でした。食堂の定員が88名でしたので、6回に分けて食事を取っていただいていました。順番を待つお客さんが、二食券(夕食・朝食の食券が一枚になったもの)を握りしめ、食堂入り口脇にある階段にずらっと並んで席が空くのを待ちわびていたような状況でしたので、食堂の中のお客さんはゆっくり食事ができなかったでしょうね。夕食で言うと、4時半に初回のお客さんが食べ始め、最後のお客さんが食べ終わると8時になっていたこともありましたね」

尾瀬を楽しむ秘訣 ”コースタイム+30分”
自然解説をする鏑木さん自然解説をする鏑木さん

尾瀬各地で山小屋の支配人の経験を持つ鏑木さんに、尾瀬の楽しみ方のアドバイスをいただきました。
「尾瀬はゆったりと味わって、楽しんでほしい。最近では、日帰りのお客さんが多いが、山小屋に泊まって、朝夕の尾瀬の景色を見て、本当の尾瀬を味わってほしい。そして、尾瀬を歩く時は、”コースタイム+30分”を心がけてみてください。私は、そういった歩き方をしてこそ見えてくる尾瀬が一番好きです」
東電小屋では、宿泊者を対象に、2階展示室で、尾瀬の自然や花などについての自然解説を行っているそうです。鏑木さん自らが自然解説することもあり、今までの経験・体験談を交えて、尾瀬の本当の素晴らしさを伝え続けていらっしゃいます。

東電小屋 データ

小屋前の鏑木さん小屋前の鏑木さん

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