秘話 その1

「山小屋だから、困っている人を助けたい」 – 山の鼻小屋


代々続く山小屋を受け継ぎ守る。
4代目となった山の鼻小屋のご主人・萩原照夫さんに話を伺いました。




山の鼻小屋

萩原 照夫 Teruo Hagiwara

山小屋を受け継ぎ守る

尾瀬ヶ原の入口に建つ「山の鼻小屋」

ふと立ち寄りたくなる休憩スペース

「山の鼻小屋は昭和4年、今の場所よりも尾瀬ヶ原寄りに作られた、片品村の避難所『片品小屋』が始まりなんだ」4代目の山の鼻小屋主人・萩原照夫さんが話してくれた。
「幼い頃は尾瀬で過ごしたり、小屋の手伝いをやったけど、3代目に当たる父・希悦が病に倒れ、平成元年にいきなり小屋主交代となったんだ。当時は受け継いだ小屋を守らなくてはいけない反面、寂しくて実家に帰りたい気持ちもありました」
突然、周囲の環境が変わり、何でも自分でやらなくてはいけない小屋主の仕事は大変なものだったという。そんな当時を萩原さんは「山小屋だから…、不便な場所だから…、お客さんから逃げていた」と静かに振り返った。


皇太子殿下が泊まられた小屋

皇太子が使われた陶磁器

御行啓のようす

玄関に飾られた小屋の看板

山の鼻小屋にまつわる話をお伺いすると、萩原さんは小屋の受付にあった、漆塗りの陶磁器を持ってきてくれた。
「今の天皇陛下は尾瀬に来たことがあるんだ。まだ、皇太子の頃だ。この和食器は、皇太子殿下が山の鼻小屋にご宿泊された際に使ったものなんだ」
皇太子殿下が積雪3メートルを超す尾瀬にやって来たのは、昭和27年2月のこと。どこに行っても気の休まる暇が無く、「どこか静かに滑れる所はないか」というご希望から、尾瀬での山スキーが選ばれたらしい。小屋の食堂には当時18歳だった皇太子殿下の写真が飾られている。
「この小屋には尾瀬の古い道具が未整理のまましまってあるんだ。倉庫を片付けていたら、立派な小屋の看板が見つかったんだ。それが俵光石さんという石彫家の手によるもので、村の教育委員会でも調べてくれている。小屋の歴史がそのまま保存されている」と、萩原さんは玄関の看板を見て顔をほころばせた。


山小屋が提供するあたたかな時間

「お客さまとの家族付き合いを大切にしている」 と話す照夫さん
萩原さんが山の鼻小屋をきりもりするようになって、今年で18年目。当初は大変だった小屋仕事にも余裕ができるようになり、最近では仕事や来訪者への接し方に変化が出てきたという。 「この小屋を訪れてくれるお客さまへ尽くすことはもちろんだけど、尾瀬にある山小屋として、困っている人を助けてあげたい気持ちが強くなった」と語る。小屋を営業するかたわら、山ノ鼻地区での傷病や救助を行ってきた優しさがにじみ出た話だった。 「写真撮影をされる方は朝夕の時間が貴重だから、食事やお風呂の時間をずらしています。たとえ遅い食事でも、地元の食材を使った、温かい料理を提供しているんだ。個人の山小屋は顔ぶれが変わらないから、お客さまとの家族付き合いができるし、親しくなった方が今年も立ち寄ってくれるのを楽しみにしている」そう話す萩原さんからは、小屋のゆったりとしたあたたかさが感じられた。


山の鼻小屋 データ

問い合わせ先 : 0278-58-7411
Website : 尾瀬の最新情報 山の鼻小屋のホームページ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です