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続・山小屋主が語る尾瀬の秘話 その9
大清水を飲みにきらっしゃい!!」
 大清水登山口は尾瀬の登山口として古くから利用されてきました。江戸時代には会津と上州とを結ぶ交易の道として、また戦前には近隣で栄えた金山の鉱夫たちが寝泊まりする場所として利用された歴史を持っています。そんな大清水で山小屋を営む大清水小屋の笠原吉雄さんにお話を伺いました。

[大清水小屋]
笠原 吉雄
Yoshio Kasahara

大清水で生まれ育つ
 「大清水小屋は昭和6年に、私の曾祖母である笠原わさが根羽沢金山の山師相手に宿泊業を始めたのがきっかけです。とは言え当時は名前の無い山小屋で、二代目で祖父の笠原浜吉の時に名前をとって『浜吉小屋』と呼ばれていました。『大清水小屋』の名前は父が跡を継いだ昭和31年になってからの事です」と、原さんは朝陽の射し込み始めた大清水小屋の部屋で、当時を思い出しながら話し始めてくれました。

 「私は昭和31年にこの場所で生まれました。だから本籍もここにあるのですが、正式な地名は大清水ではなく、『大字戸倉字船ヶ原』といいます。船を浮かべられるような川も無いし、皿伏山の形と関係があるもしれません」と大清水生まれならではの話をしてくれた笠原さん。

 「小学生時代は尾瀬沼に行ってポンポン船に乗ったり、物見山方面に30分程歩いた所にあったキャンプ場のお風呂に入るのが楽しみでした。そのお風呂には登山者の少ない昼間に行くのですが、ヘビが泳いでいることが多かったですね」
お祖父さんの簑が今でも小屋内に飾られる
山小屋主として感じること
 笠原さんは25歳の時に大清水小屋で働き始め、39歳で跡を継いだそうです。山小屋主になってからの思い出を伺うと、

 「私が小屋を継いだ頃は大清水登山口も盛っていて、朝早くから夜遅くまで仕事づくめでした。仕事よりも子どもに会えないのがつらかったですね」と笠原さん。

 「つらいよりも楽しい事の方が多いですね。特にこの場所が好きで何度も訪れてくれる方と再会し、近況を話し合ったりするのが好きです。常連さんの中には父の代から来ている方もおります。大清水にはこの場所なりの良さを知っている方が何度も訪れています」
大清水湿原の隣に建つ大清水小屋

大清水という場所
   常連さんたちが大清水に何を求めてきているのか。それが知りたくてたずねると、様々な答えが返ってきた。

 「大清水は車で来られる場所ですが、標高が約1200mの山間にあり、静かで涼しい場所です。そんな場所柄を知ってか、夏になると避暑に来る方もいます。そして何よりも大清水の水が好きで、毎週汲みに来る方もいるほどです。水量が豊富で枯れることがなく、尾瀬の水よりもまろやかなのが特徴です」と出されたお茶やコーヒーはすっきりとしていて、味わいのある美味しさでした。

 「ここを通過する登山者を長い間見てきましたが、都会の忙しさを背負って入山する方が多いですね。尾瀬はあせる所ではなく、のんびりする所。大清水のお茶で一服するくらい『ゆっくリズム』で歩いてもらいたいですね」と笠原さんは笑顔で大清水の魅力を語ってくれました。
大清水の清冽な水が小屋前を流れる 
大清水小屋
データ
■問い合わせ先
0278-58-7370
■宿泊料金
1泊2食6,800円
■営業期間(例年)
4月下旬〜11月上旬
小屋前の笠原さん
みんなの尾瀬をみんなで守りみんなで楽しむ